【イベントレポート Session-3 <後編>】

オムニチャネル・エンゲージメント
「店舗体験を変える!オムニチャネル・エンゲージメントが創る未来」

2020年2月17日、最新テクノロジーと事例の発表を通じてオンラインとオフラインを繋ぐプリントメディアのマーケティング活用の可能性を再発見するフォーラム「ORBIT(“Omni Media”Marketing Forum)」が開催されました。
各セッションごとのイベントレポートをお届けします。

【 Session-3 登壇者 】
■Repro株式会社 取締役COO 齋藤修氏
■株式会社ビームス
 事業企画本部コミュニティデザイン部 部長 兼 ビームス台湾 取締役 矢嶋正明氏
■ヘネス・アンド・マウリッツ・ジャパン株式会社
 Marketing部 Media Manager & Loyalty program Manager 田原美穂氏
■<モデレーター>株式会社宣伝会議 出版・編集取締役 月刊『宣伝会議』編集長 谷口 優氏

>>前編「店舗体験を変える!オムニチャネル・エンゲージメントが創る未来」を読む

オムニチャネル・エンゲージメント
―オンライン/オフラインを駆使してお客さまのモーメントを捉える

オムニチャネルは、販売促進だけでなく、ブランディングにおいても重要な戦略として注目が高まっている。Webやアプリ、メール、デジタルサイネージなどのデジタルメディア、チラシやカタログ、フライヤーといったプリントメディア、店舗やイベントといったリアルメディア。これらオフライン/オンラインのタッチポイントをシームレスにつなぎ、最適なメディア・タイミング・コンテキスト・クリエイティブを組み合わせて、最適な体験を提供する。この積み重ねによって、お客さまとの間にエンゲージメントが構築されていく。
そのブランドならではの接点・体験を設計し、お客さまの心を効果的に掴んでいる2ブランドの取り組みを通じて、オムニチャネル・エンゲージメントの勘所を紐解いた。今回は後編をお届けする。
前編はこちら>>

ビームスが取り組む“本気の”プリントメディア

谷口:ビームスとH&Mが実践している「オムニチャネル・エンゲージメント」の取り組み事例をご紹介ください。


矢嶋:弊社は、デジタルとともにプリントメディアにも、かなり“本気”で取り組んでいます(笑)。最初にご紹介するのは、シーズンカタログです。ファッション業界では、ここ数年で一気にオンラインカタログへの移行が進んでいる中、クオリティ高く紙のカタログをつくり続けています。

中をご覧いただくと、世界のファッションの潮流や、デイリーの着回し術など、ファッション誌のような記事が並んでいます。カタログというよりは、読み物として楽しんでいただける内容ですね。ファッションブランドとしてお客さまに提供すべき、洋服に関する広く・深く・確かな情報を、ビームスはきちんと持ち合わせている。そんな「お客さまとのお約束」を具現化しているのが、これらのカタログです。


次のスライドでご紹介するのは、「プロダクトガイドブック」という、ECサイト専用の商品予約カタログです。店頭ではお渡ししておらず、ECサイトでお買い物をした方を対象に、商品同梱でお届けしています。(現在は終了しています。)

こちらに抜粋しただけでも、ラコステやレッドウィング、L.L.BEAN、チャンピオン、など人気ブランドとコラボレーションした別注アイテムの数々。どれも発売前の商品ですが、ECでご予約いただけます。ECというデジタルメディアで接点を持ってくださったお客さまに、カタログというストックメディアで再び接点を持つことで、エンゲージメントを強化しようという試みです。

このカタログの特徴は、商品の予約ができるということ。1~2カ月先の商品を確実に確保することができますし、入荷後でも「試着・取り置きサービス」を使って店頭に用意することもできます。その際にスタッフと直接コミュニケーションしていただくことで、さらにエンゲージメントを強化できたらと考えています。
カタログというフィジカルなメディアの存在、そこに収録されたコンテンツの内容によって、ビームスというブランドを想起していただきたいという、ブランディングと販促両方の要素を持たせています。

齋藤:短期的な売上だけを追い求めるのではなく、長期的な視点でエンゲージメントを構築することを目的とした取り組みなのですね。

矢嶋:そうですね。お客さまのシーンやライフスタイルに合わせてアプローチすることで、お客さまのモーメント(瞬間)を捉えたいと思っています。カタログに心動かされてビームスの店舗を訪れてくださるお客さまもいれば、ガイドブックの中に気になるバッグを見つけて、ECサイトにアクセスしてくださるお客さまもいる。オンラインとオフラインを行き来しながら、それぞれお客さまに合った体験を積み重ねていただくことで、エンゲージメントを構築していきたいですね。

次にご紹介するのが「BEAMS AT HOME」という500ページに及ぶ書籍です。1号あたり100~150人の社員が登場し、自宅を公開しています。本というストックメディアの中に、何百人もの社員が存在し続ける。ビームスらしさをつくっているのは「人」なのだということを体現している事例だと思います。


齋藤:500ページ!これ、採算はとれているんですか…?

矢嶋:一冊1500円と安くはありませんが、これまでに6巻発行し、累計29万部を売り上げていて、ご好評いただいています。

店頭まわりを固める、H&Mのオフライン施策

田原:H&Mはサステナビリティを重視しているので、「紙媒体を大量に印刷する」ということ自体には慎重なブランドなのですが、お客さまとのコミュニケーションに最適な手段であれば、オンライン/オフラインの垣根なく選択します。

どこで、どんな情報に、どんなふうに触れるか――心地良い情報接触のあり方は人によって異なります。ですから、常にお客さま視点に立って最適なメディアを選択し、各メディアに最適なクリエイティブを掛け合わせるよう心がけています。

さまざまなメディアがある中で、オフラインメディアについて感じているのは、お客さまの態度変容を喚起しやすいということ。そのため、ジャーニー上の、店舗でのコンバージョンに近いところでオフラインメディアを活用することが多いですね。


上記スライドの左は、新店オープンの際に展開している新聞折込チラシです。折込チラシというと、商品写真がギッシリ並び、赤い文字で大きく価格が表示されているのを思い浮かべる方が多いと思いますが、H&Mの折込チラシは商品販促型ではなくブランドイメージ訴求型。チラシをきっかけにブランドに興味を持って来店いただき、店頭で初めて商品に興味を持っていただければいいと考えています。

日本独自のショッピングバッグは、特別なキャンペーンやコレクション時に制作します。スライド中央にあるのは、2018年に展開した安室奈美恵さんとのコレクション「Namie Amuro x H&M」のときのデザインですね。

このときは、店頭企画も展開しました。「THANK YOU LETTER PROJECT」は、全国のH&M店舗で配布したポストカードに安室さんへの想いを綴り、店内の専用ポストに投函していただくというもの。集まったポストカードは、すべて安室さんにお届けしました。このように、実店舗だからこそできる、かつお客さまの行動を促しやすい体験をつくるのがポイントです。実際、「THANK YOU LETTER PROJECT」には3000人を超えるお客さまが参加されました。

すでにH&Mが好きなお客さまなら、商品情報あるいは商品そのものを見るだけで満足いただけるかもしれない。一方で、ブランドとまだ距離があるお客さまには、商品から離れたこうした体験に触れていただくのが効果的だと思います。さまざまなステージのお客さまに対応するメディア、クリエイティブ、体験を組み合わせて、コミュニケーションの全体設計をする必要があります。

谷口おっしゃるとおり、ブランドとの距離感はお客さまによってさまざま。それも視野に入れないと、一人ひとりのお客さまと最適なコミュニケーションをとることはできないのですね。

<モデレーター> 株式会社宣伝会議 谷口 優氏


齋藤:ビームスとH&Mでコミュニケーションの取り方が異なるのは、ブランドのファン層が違うからです。自社のブランドを好きになってくれるお客さまはどんな方なのか。新規/既存、店舗/EC、それぞれのお客さまが求めていることは何か。それを見極めた上で、適切なコミュニケーションをとる必要があります。

お客さまにとって心地良いことは何かを徹底的に突き詰め、競争優位の源泉となる顧客体験価値を生み出せたブランドが、人口減少時代でも生き残るブランドと言えますね。

矢嶋「THANK YOU LETTER PROJECT」は、温かい感じがして、とてもいいですね。
デジタルにはできない、アナログならではの取り組みです。お客さまが安室さんのことを思い浮かべながら手紙を書き、ポストに投函するまでの貴重な時間。それを共有できたことは、ブランドにとって大きな価値だと思います。

谷口:エンゲージメント構築を目的とした取り組みは、売上など短期的な成果に結びつくとは限らないだけに、投資判断が非常に難しいと思います。H&Mでは、こうしたコミュニケーションがブランドにとって必要であるという認識が、社内に浸透しているのでしょうか。

田原そうですね。H&Mは海外発のブランドで、起用するモデルも外国人が多いことから、どうしても親近感を覚えにくいという方が一定数いらっしゃるんです。短期的な利益だけを追うのではなく、長期的視点でブランドのファンになっていただくために何をすべきか。それを常に考えています。

オンライン/オフラインを駆使して、お客さまのモーメントを捉える

谷口セッションを踏まえて、「オムニチャネル・エンゲージメント」について、あらためてお考えを聞かせてください。

田原:ビームスさんが目指しているのは、表面的なブランディングやエンゲージメント構築ではないと感じました。デジタル/アナログという枠組みを越えて、ビームスで働く人一人ひとりが、お客さまにとって「ブランド体験」そのものになっているんですね。

矢嶋弊社は、本社にも店舗にも、ファッションやライフスタイルに強いこだわりを持った社員がたくさんいます。その社員が、商品をバイイングしたり、店頭で接客したり、書籍に出たりしているので、どの接点にも「ビームスらしさ」が色濃く現れています。

繰り返しになりますが、商品をご購入していただいた時は「お買い物の成立」。もちろん気持ちよくお買い物をしていただくことも大事ですが、ご購入いただいたアイテムを身に着けて、お客様にハッピーな気持ちになっていただくことがゴールです。デジタルもアナログも、その気持ちを醸成するための接点・体験のひとつであるという点では同じものと言えます。オンライン/オフラインどちらも上手く活用してコミュニケーションを重ね、お客さまにとって価値あるコミュニティを作っていきたいと思います。

齋藤:マーケティング業界では、長らく「ロイヤルカスタマーの育成」という言い方がされてきましたが、それは間違っていたのだと確信しました。お客さまが自分にとってベストな方法・タイミングで、商品を買ったり、サービスを利用したり、何らかのアクションを起こしたりできるよう、オンライン/オフラインをシームレスにつないで接点を設計している。これが、成功しているブランドの共通点です。その接点で得られる体験の積み重ねによって、エンゲージメントが強化され、結果的にロイヤリティが高まっているということなのだなと。

谷口「オムニチャネル・エンゲージメント」は、もちろんオフライン施策だけで実現できるものではありませんが、ブランドらしさを体感してもらう上で、それをリアルな“手触り”をもって伝えやすいオフライン施策は、やはり非常に有効な手段と言えそうですね。