デジタルマーケティングと融合するプリントメディアの未来
― 変革するアナログメディアの新潮流

進化・浸透するデジタルテクノロジーとの対比で、ややもすると古いイメージを持たれがちな「プリントメディア」。
しかし今、欧米ではプリントメディアがデジタルマーケティングと融合し、新たな可能性を拓いている。
デジタル時代に変わる、プリントメディアの今、そして日本における課題とは。
株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲氏が6回に分けてお伝えします。今回は連載3回目「“デジタル with 紙” ─米国の最先端印刷会社の挑戦」です。

Vol.3 “デジタル with 紙” ─米国の最先端印刷会社の挑戦

ICT人材を積極的に採用する米国の印刷会社

前回の本連載では、海外事例を中心にブランドオーナーやマーケターが、デジタル印刷技術を活用し、高いROI/KPIを達成している事例を紹介した。特に連載内では紹介をしなかったが欧米では「XMpie」や「MIndFire」に代表されるフルメディアに対応し、完全自動で運用が可能なソフトウェアやWebサービスが存在する。ネット広告やeメールなどのオンラインチャンネルだけでなく、紙も自動化すべきメディアの一つと定めて、早くからデジタル印刷とマーケティング・オートメーションの連携を実現可能にする機能を搭載している。
このようなテクノロジーを積極的に採用し、デジタルとの連携サービスの強化で成長している欧米の印刷会社におけるソフトウェア及びICTエンジニアの雇用比率は平均22%と言われている。しかもエンジニアリングチームはプロフィットセンターで、ビジネスの成長に対する責任や貢献度が高い位置にあるという調査結果がある。結果としてデジタルファーストで動いているブランドオーナーやマーケターとのつながりも深まり、共創の関係の中でお互いの成長を支え合っているのだ。
ハード信仰が強く、ソフトウェア開発やエンジニア雇用などに積極的な投資を実施してこなかった日本の印刷会社の能力が、先進国と比較して低いと言われるのは、ここに原因がある。

少し復習になるが、デジタル印刷の能力は日本で一般的に知られている「P.O.D.(プリント・オン・デマンド)」から遥かに進化しており、高速インクジェットの技術革新で1分間に200メートルの印刷は当たり前、サイズ的にも高精細でB2サイズへの対応も可能になっている。シンプルなハガキサイズのDMなら、フルカラーで1時間に32万枚をフルバリアブルで印刷することができる。
いつまでも、ルーペ片手に印刷を語っていたい方々は反論するかもしれないが、表現力も十分なレベルに達しており、実際に私が携わってきた案件でも、これが指摘された事例は1件しかないし、これが原因でレスポンスが下がった事例など存在しない。

印刷会社が手掛けるワントゥワンマーケティング

読者の中には印刷会社に属している方も多いと聞いている。今回はデジタル印刷の本質と有効性を理解した海外の印刷会社がどのようにビジネスモデルを変化させ、お客さまのマーケティングニーズと共に成長し続けているかを紹介したい。

まず紹介したいのが米・フロリダ州にあるDME典型と言える。数年前にTOYOTA USAがプリウスで大きなリコール問題を抱えたニュースは皆さんも記憶に残っていると思う。TOYOTA USAとユーザーとの信頼関係の維持をミッションとしたキャンペーンを請け負ったのは大手広告会社でもなく、デジタルエージェンシーでもなく、このDMEだったのである。しかも全てのコミュニケーションチャネルの運用を任されたのだ。
創業者のMike Pannagioは、元々はウォールストリートの証券会社でシニアアナリストだった。当然市場のデジタルシフトを理解し敏感であった彼が、印刷会社の買収案件を引き受けた時に印刷機器メーカーからデジタル印刷と周辺テクノロジーの紹介を受け、大きなビジネスの可能性を感じ自らがM&Aファンドの筆頭となりフロリダにある封筒印刷の会社を買収。ワントゥワンマーケティングサービスの実現に向けて走り始めた。
デジタル印刷でお客様一人ひとりのためにカスタマイズされた情報を、ベストなタイミングで伝えることが可能なパーソナライズDMはブランドオーナーへ高いROIを提供し、DMEのサービスとその存在はなくてはならないものとなった。特に自動車や不動産、大型リゾートやプロスポーツなど嗜好性が高く、高額な商品を取り扱うセグメントからは積極的に採用されDMEのビジネスは加速した。積極的に提供商品のポートフォリオを高め、様々なマテリアルへの印刷をスピーディーに提供できるプロダクションを構築。ユーザーから“ワンストップサービス”の信頼を確立していった。
ブランドオーナーからは必然的にクリエイティブやデザインの対応、データ分析とキャンペーンシナリオの設計をワンストップで提供可能な機能を要望されるようになり、積極的に組織をスケールした。当然の流れでデジタルメディアへの対応も機能化されていった。市場ニーズと時代の流れに敏感に反応し、買収した封筒印刷会社を短時間で“ダイレクトマーケティンングエージェンシー”に成長させたのだ。これをドライブしたコアがデジタル印刷と周辺テクノロジーだったのだ。
TOYOTA USAからリコール対応案件を独占的に受託したことに触れたが、どうやってDMEがWeb(purl)、Eメール、SMS、SNS、紙、電話全ての運用を受託できたのか?それは全てのチャネル間で一切の隔たりがないコミュニケーションが提供可能なエージェントを採用することが問題解決のために不可欠だったからである。DMEには必要とされる全てのメディアを動かす経験と能力が揃っていたのだ。

デジタル印刷を早くから採用し、生き残ってきたイノベーティブな印刷プロフェッショナルのほとんどは、当たり前のように紙とデジタルの両方を経験してきている。それが歴史だからだ。逆に歴史が浅いデジタルマーケティングに特化してきた方々が紙を経験している確率は低い。とはいえ、デジタルも一定の成長フェーズを経た今、デジタルに固執しすぎることがブランドの収益にとって大きな得になってないことは運用をされている方々も、気付いているはずだ。そろそろ“デジタルwith紙”を意識し、デジタルファーストを前提にこれが実現可能になるエコシステムの構築を、真剣に検討する時期にきているのではないだろうか。

デジタル印刷は自動化とスピードで進化する

エコシステムが上手く作動し、最近注目されている印刷会社が米・ニュージャージー州にあるHATTERAS社だ。歴史もあり、高い技術で多くのブランドを顧客に持つオフセット専門の印刷会社で、デジタル印刷機の導入は遅かったが付加価値の高いサービスで顧客との信頼関係は高く、デジタル印刷サービスも急速に成長している。
HATTERASがパートナーシップを組んだのがPebble Postだ。Pebble PostはプログラマブルDMというサービスをコアに、特にECで“カート落ち“したプロスペクトを購買に誘導するテクノロジーをブランドオーナーに提供している。
この2社がコラボし、Pebble PostがEC上でカート落ちしたプロスペクトへのフォローアップをどのシナリオと媒体で実施すればクロージングへの誘導確率が高いのかを計算、紙のDMがベストと判断された場合、HATTERAS提供のデジタル印刷システムとデータ連携、24時間~48時間でパーソナライズDMが届くサービスを提供している。
このスピードが重要なのだ。パーソナライズされたオファーをカート落ちしてから2週間後に届けても効果が出るはずがない。EC/MAと自動連携し、ライトタイミングでのコミュニケーションをサポートする。デジタル印刷の最大の有効性である自動化とスピード性でサービスを構築した成功事例である。

コミュニケーションの4大要素と言われているターゲット・タイミング・クリエイティブ・オファー。MAテクノロジーで正確性の高いフィルタリングとレコメンドは可能だ。このデータをイノベーティブな印刷会社と連携し、eメールのみもう実現可能なのだ。

株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲

米国在住時に数々のIT/Web関係の事業開発プロジェクトに携わり、31歳で帰国。デジタルと紙の融合で高付加価値なコミュニケーションの実現を目指し、15年間印刷業界に身を置きながらデジタル印刷を活用したサービスを多数プロデュース。2012年、「どんなテクノロジーやデータと繋がる紙」をミッションにgoofを共同創設。デジタルと同等の運用でプリントメディアを活用したいブランドオーナーと、印刷工場を合理的に繋げる支援を提供している。