デジタルマーケティングと融合するプリントメディアの未来
― 変革するアナログメディアの新潮流

進化・浸透するデジタルテクノロジーとの対比で、ややもすると古いイメージを持たれがちな「プリントメディア」。
しかし今、欧米ではプリントメディアがデジタルマーケティングと融合し、新たな可能性を拓いている。
デジタル時代に変わる、プリントメディアの今、そして日本における課題とは。
株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲氏が6回に分けてお伝えします。今回は連載2回目「ここまで進む!紙メディアのパーソナライズ」です。

Vol.2 ここまで進む!紙メディアのパーソナライズ

ミレニアル世代の8割がDMに対して高い関心

連載1回目で「欧米ではデジタル印刷と周辺テクノロジーを採用した、ダイナミックでイノベーティブなプリントメディアの活用事例が多く登場している」と書いた。では、具体的にどのような活用ケースが生まれているのか。今回はデジタル印刷の特長の中でも、バリアブル(可変)印刷にフォーカスし、これを活用した事例を紹介する。
バリアブル印刷とは、テンプレートとデータ(コンテンツ)を掛け合わせ、一枚一冊ごとにユニークなメディアをダイナミックにプリント可能にする技術だ。簡単に言えばWebサイトのユーザーごとのパーソナライズ化と同じことを紙でも実現する技術と理解いただければよい。
システム連携(自動化)も容易なので、高度なデジタル印刷サービスを提供できる印刷会社とリンクすれば、ほぼリアルタイムで印刷が可能になる。デジタルマーケティングとの相性も良く、欧米では積極的にマーケティングオートメーションと連携させROIの高いコミュニケーションが実現している。
昨年、USPS(米郵便公社)が発表した調査でもデジタルにしか反応しないであろう」と思われているミレニアム世代の77%が紙のDMに高い関心を持ち、90%が紙の情報を信頼するという結果が出ている。

(出典:USPS)
米・郵便公社(USPS)が発表したデータ。ミレニアル世代にダイレクトメールが響くことがわかる。


ブランドマーケターにとって、紙(リアル)vsデジタルの議論を続けるよりも、お互いの良さを合理的に融合させ、”with”で効果の高いマーケティングを実行する方がスマートな結果が出せるはずだし、欧米では実際に”with”への動きは高まっている。

3100万本全て異なるデザイン缶BUD LIGHT x MAD DECENT

まずはミレニアム世代を対象にバリアブル印刷を活用したブランディング施策で大きな効果を出したケースを紹介したい。北米大陸18都市で開催される音楽フェス「MAD DECENT」での活用ケースだ。「MAD DECENT」ではミレニアム世代と新たなつながりをつくるためバリアブル印刷の技術を活用して3100万本全てのデザインの異なる缶ビールを準備した。

音楽フェス「MAD DECENT」で配られた3100万本全て異なるデザインの缶ビール。


このボトルを手にしたイベント参加者は当然のごとくSNS上に投稿。Facebookでは5400万インプレッション、TwitterやInstagramなど全てのSNSで8160万件のポスティングを達成、ブランド認知に大きく貢献する施策となった。
このような施策の実現には、デジタル印刷技術の向上が大きく貢献している。ただ単純にバリアブル印刷を実施するだけではなく、3100万本という大量のロットサイズに対応できる生産能力をもち、マスカスタマイゼーションで高い成果を求めるブランドの要求に確実に応えられるレベルなのだ。

350万通りのパーソナライズドマガジンメイベリン「MNY Beauty Guide」

次にブランドロイヤリティの向上と販売チャネルへの誘導を前提とした売上向上を同時に実現したキャンペーンを紹介したい。アメリカで創業100年以上の歴史をもつ老舗化粧品ブランドであるメイベリンが、実施したパーソナライズドマガジンのケースだ。
化粧品は消費者にとって選択が難しく、女性たちは自分に合った化粧品や使い方に常に悩んでいる。しかしメイベリンでは、これまでマスを活用したスタティックな発信が中心で、販売促進に関しても基本販売チャネルにおけるVMDツールなどの施策提供で終わってしまうのが通例だった。そこで消費者とのリレーションシップを深めるマーケティング施策を模索。消費者一人ひとりに合った提案をすることで、メイベリンブランドの信頼向上を目指そうと、パーソナライズドマガジン「MNY Beauty Guide」を制作したのだ。
マス広告やEメールでキャンペーンを告知し、Webサイトのランディングページへ誘導。用意された20項目程度の質問に答えると、パーソナライズドマガジンが届くという仕組みだ。質問への回答として入力されたユーザー属性(肌、髪、目の色、テイストなど)をベースに一人ひとりにユニークなコンテンツを提供したが、その組み合わせは350万通り。さらに配布されたクーポンは全てユニークコードを持ち、消費者が「いつ」「どのお店で」「どの商品」を購入したのかまでも、トラッキング可能にしてある。
気になる成果だが、従来のスタティックな紙媒体(新聞広告や店頭フライヤー)を使ったプロモーションとの比較で投資効果が約20倍という結果を出した。さらにメイベリンにとって何よりも大きかったのは他ブランドからのユーザー流入とそのデータである。このキャンペーンに参加したユーザーの75%が他ブランドのユーザーだったのだ。
従来は単独で動かしていたオンラインとオフラインの施策をつなげることでメーカー・販売チャネル・カスタマーそれぞれにインセンティブの高いエコシステムがつくられたケースと言えるだろう。
「BUD LIGHT」やメイベリンの事例は、マーケター側で準備したデータを印刷会社に提供。都度、印刷用データを生成・印刷するというベーシックな運用モデルである。クリエイティブやテンプレート作成はそれなりに高度ではあるがが、デジタル印刷活用としては初歩レベルである。
次号ではデジタルマーケティングとデジタル印刷を連携し高いROIを維持しているモデルケースをベースに、マーケターはどのような性格と能力を持つ印刷会社(サービス)と組めば紙でもデータドリブンなマーケティングが実現できるかに触れてみたい。

株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲

米国在住時に数々のIT/Web関係の事業開発プロジェクトに携わり、31歳で帰国。デジタルと紙の融合で高付加価値なコミュニケーションの実現を目指し、15年間印刷業界に身を置きながらデジタル印刷を活用したサービスを多数プロデュース。2012年、「どんなテクノロジーやデータと繋がる紙」をミッションにgoofを共同創設。デジタルと同等の運用でプリントメディアを活用したいブランドオーナーと、印刷工場を合理的に繋げる支援を提供している。