【イベントレポート Session-2 <前編>】

オムニチャネル・コミュニケーション
「オムニチャネル・コミュニケーションにおけるプリントメディアの可能性とは」

2020年2月17日、最新テクノロジーと事例の発表を通じてオンラインとオフラインを繋ぐプリントメディアのマーケティング活用の可能性を再発見するフォーラム「ORBIT(“Omni Media”Marketing Forum)」が開催されました。
各セッションごとのイベントレポートをお届けします。

【 Session-2 登壇者 】
■株式会社セールスフォース・ドットコム 
 エバンジェリスト/マスタービジネスコンサルタント 熊村剛輔氏
■株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン CIO兼CMO 志賀智之氏
■アクティブ合同会社 CEO 藤原尚也氏
■<モデレーター>株式会社ディレクタス 代表取締役 岡本泰治氏

「データを通じて顧客と向き合う」
顧客中心の体験設計と、プリントメディアの効能

データを軸としたオンラインとオフラインの融合。チャネルニュートラルな顧客体験の設計。これらの重要性が言われるようになって久しいが、マーケティングテクノロジーの進化により、いよいよこれらの実現が現実味を帯びてきている。マーケティングオートメーション(MA)を活用したオムニチャネル展開は、今どの程度進んでいるのか。その中で、DMやカタログといったプリントメディアをどう位置づけ、活用していくことができるのか。国内外の事例を概観しながら、可能性を探った。
今回はその前編をお届けする。
後編はこちら>>

顧客起点の時代に、デジタルとリアルの融合は必然

岡本:プリントメディアの話題に入る前に、まずはオムニチャネル・コミュニケーションについてお話ししましょう。皆さまもご存じのとおり、顧客コミュニケーションがプリントメディアだけで完結することはありません。お客さまとのさまざまなタッチポイントを統合して、デジタル/アナログの垣根を越えてシームレスにコミュニケーションをとり、最適な体験を提供する。これが、我々が目指すべきあり方と言えます。

そして、それを実現可能にしているのが、マーケティングオートメーション(MA)をはじめとするマーケティングテクノロジーの急速な進化です。

こうした状況を踏まえ、マーケティング全体の中でプリントメディアというものをどう位置づけていけばいいのか、スピーカーの皆さんと意見を交わしたいと思います。
まずは熊村さんに、マーケティングテクノロジーが近年どのような進化を遂げているのか、また実際のところ、企業への導入はどの程度進んでいるのか、お伺いしましょう。

<モデレーター> 株式会社ディレクタス 岡本泰治氏


熊村:先ほど、岡本さんは「顧客コミュニケーションがプリントメディアだけで完結することはない」とおっしゃいましたが、我々ITベンダーは「顧客コミュニケーションがデジタルだけでは完結しなくなってきた」と強く感じています。

セールスフォース・ドットコムは、現在のマーケティング領域をこのようにとらえています。お客さまを中心に置き、その周りを「マーケティング、ジャーニー」「セールス」「サービス」「コマース」などさまざまなものが取り囲んでいる状態ですね。お客さまを取り囲むものは、オンラインもあればオフラインもあり、当然プリントメディアも含まれます。ITベンダーが、デジタルだけを見ていればいい時代は終わった。オフラインも含めたこれらすべての接点をケアできなければ、クライアントの要求にも、お客さま(消費者)のニーズにも応えることができない。そのように認識が大きく変わってきています。

特に海外はこの流れが顕著です。これまでの「デジタルマーケティング」は、デジタルデバイスを通じて得たお客さまのデータを基に、デジタルなメッセージやコンテンツ、サービスを提供してきました。つまり、コミュニケーションがデジタルに閉じていた。しかし、それだけではお客さまに最適な体験を提供できているとは言えません。あらゆる接点からデータを取得し、それを基に、デジタル/アナログを問わず最適な形で価値を提供していく必要があります。

社名だけ見ると一見「プリントメディア」とは縁遠そうな我々ITベンダーも(笑)、オフライン、プリントメディア、さらに言えば“人対人のコミュニケーション”にまで、目を向けざるを得なくなってきているのです。実際、お客さまにとっては、営業の対応も、マーケティング・コミュニケーション施策も、ECサイトのインターフェースも、「体験」という意味では同じですよね。デジタル/アナログの垣根を越えて、お客さまを中心に置いた体験をデザインする。この図は、その理想形を示しています。

株式会社セールスフォース・ドットコム 熊村剛輔氏 (左から2番目)


岡本:実際のところ、この考え方はどの程度、企業に「実装」されているものでしょうか?国内企業で、この図で示したようなことが実現できている企業は極めて少ないと思うのですが。

熊村:確かに、まだ多数派ではないかもしれません。しかし、お客さまに心地良い体験を提供すべく、デジタル/アナログ統合に向けて大きく舵を切り始めた企業はいくつもあります。私が知る成功ケースで言うと、マーケティング・コミュニケーションの中で自然に商品・サービスが提供されていたり、ECでの購買履歴が実店舗での対応にも反映されていたり、店舗での接客と紙のダイレクトメール(DM)の内容が連動していたり……。

国境をまたいで統合的な顧客体験を提供することを目指している企業もあります。アメリカからヨーロッパへ旅行した人が、旅先で訪れた店舗と帰国後に訪れた店舗で、同様の品質の体験を得ることができるのです。店舗間で、お客さまの購買履歴や接客を通じて得た情報などがデータとして共有されることで、これが可能になっています。


岡本:おっしゃるとおり、一貫した顧客体験を提供するためには、あらゆるデータが裏側でつながっている必要がありますね。顧客接点のデジタル化を進めることで得られるようになる多様化かつ膨大なデータを分析し、パーソナライズした顧客体験へと昇華する。これを実現するために、IT領域とマーケティング領域が足並みを揃えて進んでいこうとしているのが今の状況と言えそうです。

熊村:その通りです。向かって右側に並ぶ「モバイル」「AI」「IoT」「ブロックチェーン」などあらゆるデータを共通プラットフォームで一元管理し、向かって左側の領域をトータルにケアしようというのが、この図が指し示す内容です。データの統合なくしては、何も始まりません。

志賀:私は、もともとIT側だったところからマーケティング側に移り、長らくデータベースマーケティングに携わってきましたが、オンライン/オフラインの融合はどんどん進んでいると実感しています。しかし、IT側だけで進めようとすると「顧客体験」の視点が疎かになりますし、マーケティング側だけでは融合の基盤となるITのことがよくわからず遅々として進まなくなる。ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)では、ITとマーケティングが一体化していて、そこに役割分担はなくなっています。お客さまとのコミュニケーションが発生するあらゆる接点が、CIO・CMOとしての管轄領域となっています。

藤原:お客さまを中心に置いたマーケティングを考える上では、デジタルだけでなく店舗やプリントメディアを含めた全タッチポイントを視野に入れる必要がありますね。オンライン/オフラインを越えたコミュニケーションの全体設計ができないブランドは、取り残されてしまうという危機感があります。

日本企業は「クリック&モルタル」時代から抜け出せていない?

岡本:今から5~6年ほど前、日本に本格導入され始めたばかりの頃のMAは、“EC事業者向けのもの”という印象で、打ち手もメールなどオンライン一辺倒でした。ところがここ2~3年で、一気にオフラインの接点をカバーするようになってきましたよね。CRMサポートツールとしての機能を、急速に拡充しているように思います。

志賀:正直なところ、「どうしてCRMについて、欧米企業からあれこれ言われなければいけないんだ!」と納得いかないところがあります(笑)。CRMというのは、根本的に欧米で普及しやすいものなんですよ。なぜなら、基本的な接客レベルが高くないからです。日本はそれこそ「おもてなし」という言葉があるくらい、もともとの接客レベルが非常に高い。もし日本企業が実店舗で行っていることをECでも具現化できたら、Amazonなんて軽く超える体験価値を提供できるはずなんです。

しかし残念ながら、なかなかそうはならず……日本はいまだ、2000年頃の「クリック&モルタル」(オンライン店舗と実店舗を有機的に結びつけ、相乗効果を狙う小売りビジネス形態)の段階で立ち止まっている企業が多いと思います。そうこうするうちに、欧米勢はテクノロジーを駆使した徹底的なデータ活用を推し進め、あらゆる接点における顧客体験の質向上を実現しつつあるというわけです。

株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン 志賀智之氏


熊村:いろいろな日本企業とお話しする中で感じるのは、「データの壁と組織の壁が高すぎる」ということ。社内に散在するデータをどう統合する?顧客接点ごとに分断された組織をどう統合する?この2つのハードルが、オムニチャネル化を阻むケースが非常に多いのです。先行企業は、そのハードルを超えようという経営レベルの意思が明確になっているところが多いと思います。

志賀:“自己破壊力”のある会社は強いですよね。

岡本:藤原さんがジョインした青山商事のリブランディングチームも、社長直轄でしたよね。経営トップ自ら、腹を括ってオンライン/オフライン融合を推進しようという意思の表れと言えそうです。

藤原:社長の意思は強いですね。1999年頃、TSUTAYAの実店舗とオンライン店舗(TSUTAYA online)を統合・融合する、いわゆる「クリック&モルタル」を手がけたとき、「店舗の売上がネットに奪われる!」という懸念の声が、社内で多く挙がりました。2020年の今、青山商事で同じ議論が起こっているんです。考え方そのものを変えていかなければ、オムニチャネルは実現しないという危機感を持っています。

考え方がなかなか変わらない原因は、過去の成功体験への依存にあるケースが多いです。例えばファッションカタログ通販の「DoCLASSE(ドゥクラッセ)」は、新聞広告を使った集客に大成功したがゆえに、そこから抜け出すのに非常に苦労しました。

熊村:それは海外企業にも言えることですね。過去の成功体験は、洋の東西を問わず、人や企業が新しい挑戦をしようとするときの障壁になりやすい。オムニチャネル化に成功した企業の共通点として、「もう後がない」状況に陥ったのをきっかけに、変革が一気に進んだということが挙げられます。

「もう後がない」と自覚した瞬間からの、海外企業の動きの速さには目を見張るものがあります。最善の結果を出すため、手段を選ばず、為すべきことをスピーディに実行していく。そして、そのスピードを目の当たりにした周囲の企業も、取り残されまいと一斉に動きます。そこが、日本との大きな違いかもしれません。