デジタルマーケティングと融合するプリントメディアの未来
― 変革するアナログメディアの新潮流

進化・浸透するデジタルテクノロジーとの対比で、ややもすると古いイメージを持たれがちな「プリントメディア」。
しかし今、欧米ではプリントメディアがデジタルマーケティングと融合し、新たな可能性を拓いている。
デジタル時代に変わる、プリントメディアの今、そして日本における課題とは。
株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲氏が6回に分けてお伝えします。

Vol.1 パーソナライズドマーケティングとプリントメディア

データドリブンマーケティングが オフラインのチャネルと融合

皆さんは、プリントメディアについてどのようなイメージをお持ちだろうか。マーケターの方々の中には、未来性・発展性のないメディアだと思っている方も少なくないのではないだろうか。私も従来の大量生産・バラマキ型、リードタイムの長いプリントメディアには発展性を感じていないが、Webビジネスに身を置いていた時に紙が潜在的に持つ力(表現力、訴求力、保存力)を軽視すべきではないと気付かされる経験をした。さらに近年のデジタルマーケティングの躍進においては、デジタルテクノロジーを活用し、無駄なくリアルタイムで運用可能なプリントメディア、しかもデジタルメディア同等のパーソナライズが可能になれば、その発展性は未知数だと確信している。
データドリブンのマーケティング活動で、ROIを高めていこうとするとき、これまではその打ち手がデジタルの施策に終始しがちだった。しかし本来データドリブンとは、カスタマードリブンであるということだ。そう考えれば、デジタルもアナログも関係なくすべてのチャネルとメディアを組み合わせたコミュニケーションが必須となる。そして早くからこれに気づき、実践したブランドは、国内外を問わず大きな収益改善を達成し始めているのである。

デジタル印刷を活用した、海外事例のサンプル。写真のように、パンフレットやチラシも
顧客に合わせて、カスタマイズする取り組みが進んでいる。

プリント・オン・デマンドはなぜ、日本で浸透しなかったのか?

たとえば、私が関わるケースでも、マーケティングオートメーション(MA)を活用した丁寧なフィルタリングとレコメンド情報を組み合わせ、デジタル施策と並行し毎月大量に送付していたDMを見直し、キャンペーン毎に送付すべき相手を絞り込む取り組みを行った。その結果、過去経験のない来店率と平均購買単価の大きな押し上げに成功し、施策としては高価ではあるが高いROIで評価を受けている。
さて、このようなデジタルテクノロジーと連携する印刷となると当然デジタル印刷となるのだが、読者の中にも「プリント・オン・デマンド」という言葉は聞いたことのある方がいるだろう。約20年前、「必要な時に、必要な部数だけを」をコンセプトに発表された技術であり、無駄な在庫の排除や中間コスト削減の可能性は秘めていたし一定の成果を提供した。
しかしながら「表現力の乏しさ」「価格の高さ」が目立ち、そこに既成概念が生まれてしまった。当時の印刷業界、特に商業印刷セグメントの生産能力と技術レベルではプリント・オン・デマンドを用いた付加価値の高いサービスの創造には課題も多く、積極的な採用、サービス構築がなされなかったのである。結局のところ、それから約20年、国内市場では大きな発展はしてこなかった。
一方の欧米では市場の理解も早く、ダイナミックでイノベーティブな事例が多数、生まれて順調に拡大。並行してメーカーの技術も大きく革新し、今では高解像度、7色でオフセット同等の表現力、B2サイズ対応、旧技術では課題が多かった紙種への対応なども可能になった。革新的な技術向上で、プリントメディアは単なる情報発信媒体からマーケティングアプリケーションに進化し始めているのだ。
さらに、パッケージ分野でもデジタル印刷への移行が始まろうとしている。国内でも日本コカ・コーラのパーソナライズドボトルやオリンピック企画、伊藤園のSNS連携メッセージボトル、最近ではロッテ・キシリトールガムの「世界に一つだけのパッケージ」など、マーケティングだけではなくビジネス的にも収益効果の高い事例が出始めているからだ。現在の市場やこれを支えるテクノロジーとデジタル印刷がいかに有効にマージすべきタイミングになってきているかをまさに証明している。

紙の潜在力に気づいた米国ネットベンチャーでの体験

最後に自己紹介も含め、少しだけ私が今の仕事に従事するきっかけとなった出来事を紹介させていただきたい。私が「紙とデジタルをハイブリッドで活用すると最高の効果が出る」と確信したのは今から約25年前。当時、私は米国に在住し、シリコンバレー第1号のeラーニングスタートアップでストラテジックデザインを担当していた。
初期ベンチャーブームで何もかもがネット前提。eラーニングはその中でも王道と言われ、潤沢な資本とリソースで成長していった。しかし、「ネット=オンデマンドで学習革新」というコンセプト自体は良かったのだが、4割程度の生徒で習熟度が全く上がらない状況が続いた。コンテンツ開発、チュートリアルやカウンセリング機能へ大きな投資を継続したが100%の習熟度アップは達成できず、最終的に辿り着いたのが紙の問題集とのハイブリッドだった。
分析を重ね、1教科で6 ~ 10パターンの問題集を準備し、Web上での個々の進捗度や内容をベースに、個人に合った問題集を提供。リアルとネットを往来させた結果、全ての生徒で最低でも20ポイント以上のスコアアップを短時間で達成することができた。このテストをもとにパーソナライズ教育を計画したが、当時はスケールを前提にこれを実現する技術力を持つ企業は皆無で、徹底的にアナログな製造業思考しか持たない当時の印刷会社と一緒に、この企画を実現することは不可能だと判断、断念せざるを得なかった。
たまたまではあるが家業が印刷会社であり印刷のDNAを持つ自分は、このテストでの経験を忘れることができず、印刷業界に身を置くことを決意。20年間、印刷会社の立場から様々なITプラットフォームやデータとデジタル印刷を繋げ、ビジネス的効果を高めるプロジェクトマネジメントを多く経験した。そして5年前、共にナレッジを積み上げてきたチームを引き連れ、goof(グーフ)を起業した。
当社のミッションは「使う」と「つくる」を繋げること。目指すのは、プリントメディアは「印刷会社が提供するモノ」という既成概念を取り払い、誰もが、いつでも、どこででも、リテラシーフリーで活用できること。デジタル社会が進化すればするほど必要とされるプリントメディアとこれを推し進めるために必要な環境の提供である。
今回の全6回の連載では、できる限り詳細に国内外の事例を紹介させていただきながら、デジタルとプリントメディアの融合でデジタルマーケティングがどう進化できるかを、読者の皆さんと一緒に考えるきっかけとなるように進めていきたい。

株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲

米国在住時に数々のIT/Web関係の事業開発プロジェクトに携わり、31歳で帰国。デジタルと紙の融合で高付加価値なコミュニケーションの実現を目指し、15年間印刷業界に身を置きながらデジタル印刷を活用したサービスを多数プロデュース。2012年、「どんなテクノロジーやデータと繋がる紙」をミッションにgoofを共同創設。デジタルと同等の運用でプリントメディアを活用したいブランドオーナーと、印刷工場を合理的に繋げる支援を提供している。