デジタルマーケティングと融合するプリントメディアの未来
― 変革するアナログメディアの新潮流

進化・浸透するデジタルテクノロジーとの対比で、ややもすると古いイメージを持たれがちな「プリントメディア」。
しかし今、欧米ではプリントメディアがデジタルマーケティングと融合し、新たな可能性を拓いている。
デジタル時代に変わる、プリントメディアの今、そして日本における課題とは。
株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲氏が6回に分けてお伝えします。
今回は連載5回目「オムニメディア実現を目指す!国内の最先端3つのケース」です。

Vol.5 オムニメディア実現を目指す!国内の最先端3つのケース

デジタル偏重のリスク両方を制するものが勝つ

前回までは海外事例を中心に、デジタル印刷と周辺テクノロジーの進化をマーケターやブランドオーナーがどのように採用し、デジタルとリアル双方の有効性を活用しながらマーケティング活動を進化させているのかを紹介してきた。
結局のところ、生活者はデジタルとリアルの双方をそれぞれの選択の中で自由に行き来しているわけで、デジタルに偏りすぎたり、デジタルとリアルに隔たりを持たせて一貫性のない発信をすること自体がブランドにとってリスクだと考えるのは当然の流れだと思う。
国内でもデジタル印刷テクノロジーの可能性を信じ、デジタルファーストやデータドリブンで新しい紙の活用をしようとチャレンジしているブランドオーナーやサービスオーナーが多数でてきている。
今回は当社がお手伝いさせていただいているリアルなテストケースを何件か紹介したい。当社はどちらかというと印刷会社(業界)のデジタルトランスフォーメーションをサポートする仕事が多かったが、ここ数年で積極的に最新の印刷テクノロジーを理解し、新しい紙の使い方を見つけようとしているデジタル領域の方々との接点が増えてきている。特に本気で、徹底的にデジタルと向き合い、デジタルを知り尽くし、結果を出してきたプロフェッショナルであればあるほど紙(フィジカル)メディアへの関心が高く、オムニメディア実現を目指す動きがこの日本でも確実に動き出していると実感している。

デジタルマーケのリーダーが紙の活用に積極的に挑戦

ひとつ目は大手総合通販会社のテストケースだ。分厚い総合カタログを否定し、デジタル化宣言で紙メディアの廃止に動きだす総合通販会社も出てきている中、この会社は逆にEC/デジタルマーケティングのリーダーが積極的に紙を活用する動きを見せている。社内にアナログ媒体で大きくビジネスを成長させたノウハウがあること、またこれからはあらゆるチャネルですべてのお客さまにとっての使いやすさを提供することが、ビジネスの競争力につながることを考えると「紙を否定することなんて一切考えない。どのメディアだろうが積極的に改善し、活用し、お客さまにとってインセンティブの高いオファーを全てのチャネルで提供するだけだ」と宣言されている。
実施したテストは、EC上でカート離脱したプロスペクトに対するメディア比較テストというシンプルなもの。カート離脱は世界的な標準で70%ととも言われており、EC事業者にとってこの改善手段を見つけ出すことは大きな課題となっている。eメールでのフォローアップが普通だが、eメールのみの改善にも限界があり、敢えてここで紙をプラスしサイトへの再誘導を促すテストを実施した。

ECとリアル媒体を連携させるCRMシステムを立ち上げる

結果としてはeメールだけを送ったプロスペクトに対し、紙のDMも発送したプロスペクトでは購入率が20%も向上した。「紙DM“も”」が重要なキーワードで、決してeメールを否定しているわけではなく、双方のメディアをハイブリッドに活用しているのが重要なポイントだ。
この紙DMの発送は2週間、毎日実施された。従来の一般的な印刷は2週間分を集計しまとめて印刷・発送するのが習慣だが、これでは紙DMをプロスペクトにとってのベストタイミングで届けることができない。データを受理すると動的に印刷用に最適化されたデータを生成するテクノロジーを活用し、デジタル印刷ならではの機動力で24時間以内に発送する仕組みを採用したことがポイントになっている。
カート離脱をしてから、ある一定の期間(お客さまにとってはカートをお気に入り的に利用し、時間を掛けて購入する商品を選ぶケースが多々ある)をトラッキング、シナリオに設定された期間をヒットした瞬間に全てが動き出すのだ。この“ライトタイミング”というのが実はとても重要で、お客さまにとってベストなタイミングで正しいオファーを提案することができなければ、パーソナライズをされていたとしても高い効果は期待できないのだ。
つい先日、このテストをリードされたCECOからレビューをいただき「高度なテストを継続し、ECとリアル媒体をリアルタイムで連携可能なCRMを来年4月から本格運用出来る様にすすめる」との宣言を頂いた。国内で意思高くオムニメディアでのコミュニケーションを実現しようと活動しているマーケターと出逢えたことにワクワクしている。
こういう前向きな事例が出てきても読者の中には「それでもeメールよりは高い」という方もいると思うが、連載が始まってから「vsではなくwith」とお伝えしている。要は両方の無駄を徹底的に省き、丁寧なコミュニケーションに専念することで紙のコストなど、気にならなくなるのだ。

MAとプリント技術を接続リードタイム不要でDM発送

また、とある国内アパレルメーカーでは従来、平均85万人へDMを送っていたが、機械学習を活用しスコアの高いお客さま8万人(10%)に集中してDMを送るテストを実施した。結果は当然、予測通り従来の施策をはるかに超える売上を達成。単価の高いデジタル印刷を利用しても従来の実コストの大半が利益に転換された。
当然MAとプリントテクノロジーが接続されているのでリードタイムや準備にかかっていた間接コストもゼロになる。デジタル印刷が上流テクノロジーと繋がるとこの様な経営効果も出てくるので、マーケターの方々が安心してコミュニケーションの本質を追求できる環境が整うのだ。

紙でもデジタルでもリアルタイムな対話が鍵になる

最後に紹介したいケースは登山専門店。このテストも新規に来店・購入いただいたお客さまに対し“ライトタイミング”で再来店をパーソナライズドDMで促すという施策を行った。もともと顧客単価の高い専門店なので乱暴に商品をお勧めしても意味がない。来店を促し、お客さまが購入された商品でどのような体験・経験をしたかを知り、スタッフがリアルな会話で山の楽しみ方を伝えるのだ。
パーソナライズドもお客さまの興味やリテラシーを高めるクリエイティブで表現し、お客さまが商品購入後に登山をしたであろうタイミングで送ると、やはり高いレスポンス率で再来店されスタッフとお客さまの会話も弾み信頼関係も向上、お客さまのその時のニーズに合ったベストな商品をご提案することで購買につながった。
驚くのはROIの高さだ。天候の影響で上下したが、最高のシナリオでは789%を達成した。カスタマードリブンでマーケティングを実施するのであれば、デジタル・リアルに関係なく丁寧さが大事で、お客さまにとってのライトタイミングでライトオファーを提示することが重要である。
マーケティングテクノロジーはこれからもコミュニケーションの在り方を進化させるために必要で、重要なテクノロジーである。とてつもないスピードで進化し、世の中のデジタルトランスフォーメーションが活発に進む中で、お客さまを知り、理解し、多様なコンテンツや情報で豊かなコミュニケーションをリアルタイムで実施することが可能なテクノロジーとは、とても素晴らしいことだと思う。だからこそこれからはデジタルメディアのみを前提とするのではなく、デジタル印刷テクノロジーも活用してオムニメディアの実現を目指すべきだ。

株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲

米国在住時に数々のIT/Web関係の事業開発プロジェクトに携わり、31歳で帰国。デジタルと紙の融合で高付加価値なコミュニケーションの実現を目指し、15年間印刷業界に身を置きながらデジタル印刷を活用したサービスを多数プロデュース。2012年、「どんなテクノロジーやデータと繋がる紙」をミッションにgoofを共同創設。デジタルと同等の運用でプリントメディアを活用したいブランドオーナーと、印刷工場を合理的に繋げる支援を提供している。