デジタルマーケティングと融合するプリントメディアの未来
― 変革するアナログメディアの新潮流

進化・浸透するデジタルテクノロジーとの対比で、ややもすると古いイメージを持たれがちな「プリントメディア」。
しかし今、欧米ではプリントメディアがデジタルマーケティングと融合し、新たな可能性を拓いている。
デジタル時代に変わる、プリントメディアの今、そして日本における課題とは。
株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲氏が6回に分けてお伝えします。今回は連載4回目「紙媒体をデジタルメディア同等に活用できる時代がやってきた」です。

Vol.4 紙媒体をデジタルメディア同等に活用できる時代がやってきた

マーケターとともに進化してきた米国印刷業界

これまでの本連載では米国での事例を中心に、ブランドマーケターとPSP(プリント・サービス・プロバイダー)がそれぞれのコアテクノロジーとノウハウを掛け合せ、”digital with paper”を前提にイノベーティブなコミュニケーションで大きな成果を上げている現状や実現の背景などについて解説してきた。
米国で印刷業界が変革をし続けているのは、マーケティングのデジタルシフトが加速する中で、印刷業界もこれに並走するように、デジタルトランスフォーメーションを成し遂げてきたからだと言えるだろう。クライアントを取り巻く環境が急速にデジタル化されていく現実を、先進国のイノベーティブなPSPたちは素直に受け入れ、常にPDCAを繰り返し回しながら高いROIの提供を目標に変革し続けてきた結果、必要な人材が育ちノウハウが蓄積され、テクノロジーの効果で常に最先端の印刷技術とサービスをブランドマーケターに提供できようになり、パートナーとして受け入られるレベルに成長した。
この信頼関係を基盤に、当然マーケターたちの動きも活発になり、マルチ&フルメディアで施策や企画を設計できる人材やチームが育つ。このエコシステムが有効に回転すればするほど、革新性が高く有効で豊かなコミュニケーション施策の実現が可能なり、高い帰属性と収益性で回転も加速するシナリオが描けている。

デジタル vs アナログ 二極対決の構図の功罪

否定的なコメントになってしまうが、日本の印刷業界では初期デジタル化の波を「アナログメディアに将来はない!」などの、どちらかというとネガティブな一般論に敏感に反応してしまい、業界内でも当時の収益保護を優先した結果、デジタルvsアナログの二極対決路線を選択してしまった。サプライヤーにおいても同様の二極化が始まり、結果として国内の印刷業界がデジタルの“本質”と向き合う機会は少なく、未来につなげられる人材育成は実質実現できなかった。米国のようなエコシステムが創り上げられることはなかったのだ。
ブランドオーナーも同様で、将来性のない紙媒体を単純にコスト削減の的にしてしまい、高付加価値で経営貢献度の高い新たな印刷技術の活用提案にも関心が高まることはなかった。当時でも紙媒体のデジタルトランスフォーメーションの可能性に気付いていた方たちは大勢いたのだが、組織から理解を得ることができず諦めていくケースがほとんどだった。
残念な動きではあったが、2年ぐらい前からはこの状況も大きくが変わり始めていく兆しを感じている。特に先進的にマーケティングオートメーション(MA)テクノロジーを採用し、PDCAを繰り返してきたマーケターやブランドオーナーから、しかも様々な業態の方々から相談を受ける回数が多くなってきたのだ。連載2回目でも紹介したが、ミレニアム層の紙媒体への期待と反応は非常に高く、国内でもMAテクノロジーとデータドリブンで紙媒体をパーソナライズ。正しいタイミングで最も反応が高いと思われるオファーを提供したテストでの成果が期待以上だったとのケースが頻繁に出始めていた。


一方、デジタルメディアのみで動かし続けている施策ではネガティブな反応が出るケースも否定できず、CRMの5%程度の顧客としかつながれていない分析も出始めていた。そのため紙メディアのデジタルトランスフォーメーションを今一度冷静に理解し、オムニ化に向けてのメディアコミュニケーション設計をいま一度検討し直したいという相談が出始めてきたのだ。
特に流通小売、通販系からの期待は高い。オムニチャネルの構築と成功という大きなビジネス目標を持ち、ECプラットフォームへの継続的投資は必然。スマホアプリや様々なWebサービスを活用し事業のデジタルトランスフォーメーションと向き合ってきたが、リアル店舗からの収益維持は重要で、安定的な反応が期待できる折り込み広告やポスティング、DM、店頭POPを切り捨てることはできなかった。MA技術の向上やPOSやロイヤリティプログラムでのデータ蓄積とその分析・運用が改善され始め、ワンプラットフォームでのオムニメディア運用は、可能性を乗り越えリアルな計画となり始めてきている。この動きの中で、全くの無駄がない運用を可能にするデジタル印刷は、従来型の紙媒体の無駄を徹底的に省くことを可能にし、既成で発生していたコストは全て利益に転換されるため、経営的にもデジタル印刷と周辺テクノロジーとの連携への関心が高まっており、現場でも無視できなくなっているそうだ。

シナリオ設計ができる人材と瞬時に支えられるクリエイティブ

相談を受ける際、ほとんどのケースでマネジメント層から課題(?)として話題にあがるのが、デジタルとリアルの両方を理解し動かせる人材やリソースをどう育てるか?と、目的達成に必要なパートナーをどう探し出せば良いか?の二つのポイントだ。大小関係無く、取引のある印刷会社には積極的に課題を共有しているが、「期待が持てる提案が中々出てこない」そうだ。印刷会社へのRFIやRFP作成を手伝う依頼を良く受けるのだが、そもそも印刷=印刷会社の思い込みがブランドオーナーの動き鈍くしてしまっているのではないか?と思う。
以前にも紹介したが、デジタル印刷テクノロジーはここ数年で相当の進化を成し遂げている。この先もっと加速をし、予想より遥か近い未来にロボット化されるだろう。現時点でも相当なレベルで自動化は可能だし、Industry 4.0の活発化も影響し2020年ぐらいにはこの技術は誰にでも活用・応用可能なるだろう。印刷用データもPDFに依存せず、Web CSSとCMSを印刷システムと連携させれば良い時代も遠くはない。要は、印刷加工技術はソフトウエア化され、周辺ノウハウは情報化され、これがサービスとしてオープン化され始めるのだ。
オープン化されるということは、印刷はスタンダライゼーションされ、今後マーケターたちは一切の既成に囚われない自由な紙媒体の活用と運用が可能になるわけで、当然印刷=印刷会社の前提は消える。結果ひとつの課題はこれで解決し、印刷の基礎や仕来りを理解する前提がなくなるので、もうひとつの課題である紙とデジタルの両方を運用できる人材の育成も、それほど難しいことではなくなる。実はこの2つの課題は大した問題ではなく、活発に活動し続ければ人は育ち、革新的なクラウドサービスも立上り続け、いつか意識すらしなくなると思っている。
真の課題として早急に取り組み始めるべきことは、デジタルとリアルの両方で得られるデータ分析の結果を理解し、正しい”シナリオ設計”ができる人材(サービス)と、これを瞬時に支えられる”クリエイティブ”チームを育てることで、これを支援するプロジェクトの立上げと環境整備だと思う。データドリブンで全てのメディアを真に統合したマーケティングを実現するためには、運用の人材を育成するのではなく、マネジメントかプロデューサーレベルで紙とデジタル、それぞれのコアテクノロジーを理解し、判断し、絵を描き、コトを動かす人材が必要なのだ。紙媒体をデジタルメディア同等に活用できる時代はすぐそこまで来ている。結果オムニチャネルでのコミュニケーションは大きく飛躍し、ブランドと消費者はもっとクリエイティブで豊かな関係でつながることができる、楽しい時代が待っているのだ。

次回からは国内でも動き出したdigital with paperの動きを、イノベーティブな事例や企画案件を含めながら紹介したいと思う。少しずつだが、日本国内でもオムニメディアの実現にに向けて意識の高いプレイヤーたちが動き始めているのだ。

株式会社グーフ 代表取締役CEO 岡本幸憲

米国在住時に数々のIT/Web関係の事業開発プロジェクトに携わり、31歳で帰国。デジタルと紙の融合で高付加価値なコミュニケーションの実現を目指し、15年間印刷業界に身を置きながらデジタル印刷を活用したサービスを多数プロデュース。2012年、「どんなテクノロジーやデータと繋がる紙」をミッションにgoofを共同創設。デジタルと同等の運用でプリントメディアを活用したいブランドオーナーと、印刷工場を合理的に繋げる支援を提供している。